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誤射かもしれない
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「ぐるり巡った想いの末路は、」


..YGO!/ⅣとⅤ。で、凌Ⅳ。



「……――マス、トーマス!」
 鋭く飛ぶ兄の声に、はっとして顔を上げた。目の前には眉間に縦皺を刻んだ兄の顔がある。
 薄暗く狭苦しい潜水艦の中、という事実を差し引いても、兄は過剰に身を屈めている。それが自分の顔を覗き込むためだけになされていると気づき、トーマスは急ぎ顔を逸らした。三歳上の兄との身長差は確かに埋まらないが、こうされると子ども扱いされているようで腹が立つ。
「うるせぇな、なんだよ」
「お前こそどうした。ずっとその調子で」
「別に」
 別に。別にどうもしない。薄暗い水中生活で兄は視力を落としてしまったのではないだろうか。兄の言う調子がどんな調子を指すのかは知らないが、自分は至って普通だ。
 父を取り戻して以降、兄なりに思うところでもあったのか、最近妙に構いたがりで鬱陶しい。弟のミハエルがいれば構う頻度も半減するのだが、残念なことに今は狭い室内に兄と自分の二人しかいなかった。
「……? おいクリス、ミハエルはどうした」
 いつの間にか二人きりだ。逸らした視線の先には、ついさっきまでミハエルがいて、二人で兄の話を聞いていたはずなのに。
「まったく……どこが別にだ」
 諦めを多分に含んだ声で兄が答える。
「ミハエルは先に遊馬の元へ向かっただろう」
「そ……うだった、か」
 言われてみれば、出発するとかしないとか、そんな話をしていたような、潜水艦を浮上させて弟は一人出て行ったような。
 曖昧な記憶に首を傾げれば、頭の上の方から兄の溜め息が聞こえてきた。一瞬むっとするが、続く台詞には言い返せない。
「お前があまりにもぼんやりとしているから、ミハエルも最後まで心配していたぞ」
 記憶があやふやなことは認めるが、ぼんやりなどしているつもりはない。
 あのWDCからしばらく、父と兄弟と共に身を潜め、あるいは復讐のためにと得た立場と人脈を利用して、バリアン世界やアストラル世界のことを調べていた。そして雌伏の時を経て今、ようやく再び表立って動く時が来たのだ。ぼんやりなどしている余裕はない。
 呆れた様子の兄を見返せば、視線だけで言わんとすることを察したのだろう。兄が組んでいた腕を解いてこちらへと一歩を詰める。また説教かと内心身構える。
「昔から捻くれた物言いと行動で本音を隠してしまう子だったな、お前は」
 説教ではないらしい。が、また子ども扱いか。
「さっきから何が――」
 いい加減反抗しようと口を開きかける。しかし、頭上に落ちてきた兄の手と、見上げた表情の和やかさに、思わず気勢が削がれた。
「凌牙と再会したらどうするか、ずっと悩んでいるんだろう?」
「は……」
 何故そこで、凌牙の名前が出てくるのだ。
 確かに今後どう動くかの指針として、件の九十九遊馬、独自にバリアンについて調べているという兄の弟子・天城カイト、そして自分たちの調査の上に浮かび上がってきた神代璃緒・凌牙に接触することは随分前に決まっていた。ついでに言えば自分が神代兄妹の元に赴くこともだ。
 ただしそれは璃緒に対して為さなければならないことがあるからであって、凌牙はオマケなのだ。凌牙のことで悩む必要など一つもない。
 例えWDCやそれ以前で浅からぬ因縁があったとしても、眠りにつく間際に父のことを頼んでいたとしても。
「お前こそ呆けてるんじゃねぇのか、ンなことあるわけが……」
 ない。
 仮に悩んでいるとして、それは璃緒に対してどう話をするかで悩んでいるのだ。凌牙ではない。
 凌牙は、どんな言葉を並べ立てたところで、聞きやしない。璃緒が意識を取り戻し退院したとしても、凌牙はまだ自分を憎悪し、怒りを燻らせているだろう。一生許しはしないと思っているはずなのだ。そんな凌牙と再会したら、どうする、など。
 悩んでいいはずがない。悩んではいない。
 なのに兄に返答できないのは、どういうことなのだろうか。
「トーマス」
 ぐるぐると回る思考と、舌先に絡まって声にならない言葉の代わりか。兄がまた長身を屈めてこちらを覗き込んでくる。今度は子ども扱いをと憤ることもできない。
「凌牙の方へは、私が行ってもいいんだぞ」
 この存外に優しい声は何なのか。じわりと目の奥が痛いのはどういうことなのか。何かが零れ落ちそうな衝動に目を瞑り、兄の視線から逃げるように俯く。
 兄が行ったところで、凌牙はこちらの話など聞かないだろう。ならばまともに顔を合わせたことのない兄よりも自分が行ったほうが話が早い。凌牙は怒りと警戒で、言葉の端々まで注意深く聞いてくれることだろう。
 自分がほんの少し、罪悪感と向けられる憎悪に耐えればいいだけの話で。
 首を左右に振って兄に返す。そうか、とだけ呟いて、兄は乗せたままだった手で頭を撫でてきた。いつもは鬱陶しいばかりの動作が、もっとずっと、いつもとは違う方向で落ち着かない。
 これは兄が過剰に子ども扱いしてくるから悔しいだけだ。悔しくて、自分が情けない。だから決して悩んだり悲しんだりとか、そういうことではない。堪え切れずに零れ落ちた涙も悔し涙だ。
 ぐしゃぐしゃに掻き乱された前髪に自分の表情は隠れてしまうだろうから、言い訳も必要ないのだろうけれど。



(沁々三十題/群青三メートル手前)
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