沁々三十題_17

「君が居なくなって、これで何度目の朝だろう」


..YGO!/獏→バク。

　誕生日おめでとう。登校して教室に入るなりクラッカーの破裂音と明るい祝いのことばに迎えられ、獏良は一瞬だけ目を瞬かせた。
　夏休みも明けて数日、友人たちが影でいろいろと準備してくれていたことは知っていた。影で、といっても本当に形ばかりで、特に城之内の露骨な隠しようにいろいろと透けて見えていたものだが、それにも獏良は笑ってありがとうと返す。ひらひらと目の前を落ちる色とりどりのテープと紙吹雪はきっと後で城之内と本田が片付けるのだろう。
　まるで自分の誕生日のようににこにこと笑う遊戯が、今日獏良くんの家に行ってもいいかな、と尋ねてくる。獏良はすぐに頷いた。自分以外誰もいない部屋だから誰かの都合を考える必要はないし、正直こうなることは予想済みだった。放課後を楽しみにしながら一日を過ごす。
　学校帰りにはケーキショップに寄った。杏子が注文していたという少しちいさなワンホールケーキを受け取って、お気に入りのシュークリームも買って帰った。
　部屋に着いてからは無礼講で、自分よりも城之内や本田が浮かれていた。杏子がそれを咎め、遊戯は隣で苦笑いを浮かべて、御伽は呆れた顔で溜め息をつく。いいなーもう18歳だろ、エロ本堂々と買えるんだぜ、などと1月に誕生日を迎える城之内が茶化せば、杏子が高校生は買っちゃ駄目なのよと怒りながら返す。そういう問題だろうかと思いながら獏良はケーキを頬張る。何気ない教室のやり取りと変わりないが、自分の部屋で繰り広げられている事実が不思議でこそばゆい。緩んだ自分の頬は口の中に広がる甘さだけが原因ではないことを知っている。知っていることが嬉しい。
　窓の外の景色がほんのりと夕闇色に染まり始めたころにみんなは帰っていった。マンションのロビーまで見送って、一人の部屋に戻る。テーブルにはケーキを切り分けた皿や飲み物を注いでいたカップがそのままになっていて、みんながいた温もりを残している。遊戯や杏子が片付けて帰ると申し出てくれたが断った。みんながいた痕跡をゆっくりと自分の手で片付ける作業が獏良は好きだった。
　こうしてみんなで楽しく騒ぐ日が当たり前になっている事実を不思議に思う。童実野高校に転校してきたときはこんな日が来るなんて思いもしなかった。その元凶はもういない。
『あーあー、かわいそうになァ、宿主サマ？』
　学校で誰かとまともに話すこともなく、逃げるように帰宅して、夕飯の支度をしていたとき。天音や父が傍にいないことを思ったとき。金色のリングは計ったように揺らめいて光り、自分と同じ声で笑う。無駄だと分かっていても獏良は怒鳴り返した。うるさいと、誰のせいだと。実際計って囁いていたのだろう、基本的に学校など人前では黙っていたし、獏良が一番言われたくないタイミングでばかりあの声は聞こえてきた。
　獏良にとっては呪いのようだった、三千年を超えて息づく存在。それでもあのリングのおかげで今の友人たちができたことは感謝している。同時に、惹かれていたと思う。生来オカルト話の類いを好んでいた自分にとって、あのリングとその中に眠る存在は興味深かった。
　しかしそれだけだろうかと、今になってふと思う。
『安心しな、リングがある限りオレだけはオマエの傍にいてやる。消えもしないし死にもしない、最高の連れ合いだろ？』
　馬鹿にした声だったが、本当にそうだったのだろうか。時間が経つことで自分のいいように捉えるようになっただけかもしれない。
　けれど寂しいときに孤独ではなかった。向けられた言葉が善意であれ悪意であれ、それは本当だと思うのだ。
　呪いのような存在が、獏良に手向けた絶対の祝い。友人たちと過ごす喜びの隙間に微かに感じる感傷を笑って、獏良はテーブルの上の食器たちをゆっくりと片付け始めた。

――恋人よ、呪いのように生きて、祝いのように死のう

(沁々三十題/群青三メートル手前)