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誤射かもしれない
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「あなたの答え、あなたが答え」


...DRRR!!/臨也と波江。と、静雄。

 あいはまごころ、こいはしたごころ。
 人間を愛してる俺はつまり真心を持って接してるわけ、というと波江は軽く鼻で笑った。心外だった。じゃあ君の歪んだ愛は何でできてるわけ、と問うと、実の弟に欲を多分に孕んだ感情を惜しみなく注ぐ女はさっくりと答えた。
「真心も下心もないわ、すべてよ」
 私は誠二のすべてを私のすべてで愛しているの、そんな世間一般で言われるような言葉遊びなんて私と誠二の間では何の意味もなさないわ、とか何とか。以下略。淡々と延々と続けて語る波江はさておき、なるほどと納得する。別に俺だってさっきの言葉遊びが現実でも真実でも、ましてやすべてだとも思っていないわけだが。
「……で、あなたはどうなわけ?」
 話を右から左へと聞き流していたことに気付いたのか、いささかむっつりとした声が疑問形を伴って投げられた。波江は妙にじとりとした、何かを含んだような色の目でこちらを見ている。
「俺? さっき言ったじゃない、真心で以て――」
「違うわ、主語を入れ替えたら? という話よ」
 主語入れ替えたら? まごころはあい、したごころはこい、だ。
「下心は恋なわけ?」
「……そうなるんじゃない? 否定も肯定もしないけどね」
「あなたの下心って、何に、誰に。向けられてるのかしら」
 こう、畳みかけるように言葉を重ねる波江は珍しい。さっきの自分じゃないが、俺の言うことなんか右から左に適当に流して適当に返事をして適当に皮肉って終わり、が常なのに。波江の目は相変わらずじとりとこちらを見ている。こちら、ではない、正しくは。彼女の視線を辿ればそこには。
「とりあえず帰って早々言葉遊びに興じるより、その背後に隠してる左腕を出しなさい。血が落ちたら面倒でしょう」
 所用で池袋に出向いて、暴力の塊に遭遇した。そこで打ち下ろされた道路標識から顔面を庇ったときについた傷を見破られていたらしい。しかも結構深い傷だということも。思わず舌を打つ。見破った波江に対して、ではなく、この傷の元凶に。尤も先にあっちに粉をかけたのは俺のほうなんだけど。
「……で、あなたの下心は?」
 しぶしぶ差し出した左腕を左手で抱え、右手にはガーゼを噛ませたピンセットを構えて波江はため息をついた。波江の目は今、わりとずたずたになっている俺の左腕の向こう側を見ている。つまり池袋、いや東京、日本、世界中……あらゆる人間の持ちうる暴力すべてを溶かして煮詰めて人間の形にしました、みたいな存在を見ている。
 俺は口の中で忌々しい名前を転がして顔をしかめた。傷口に無遠慮に触れた綿の感触が痛かった。



(沁々三十題/群青三メートル手前)
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